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うちなーぐち

設立目的

うちなーぐち部会は消滅の危機にある「琉球諸語・しまくとぅば・うちなーぐち」の保存継承を目的に、2011年6月5日に設立。会長 名嘉山秀信。会員数15名。

基本理念

ことばは魂である。言語は文化遺伝子である。

活動方針

かつて沖縄は琉球王国として独自の文化を形成してきた。その基層をなすのは、琉球諸語(しまくとぅば・うちなーぐち)である。 明治の廃藩置県以降、皇民化・日本人教育が行われ、うちなーぐちは方言として排斥された。しかし言語は民族にとってアイデンティティーの根幹・基層をなすものである。その大切な琉球消滅の危機にあるとしたユネスコが指摘を待つまでもなく、県民自身が危機感を抱いている。うちなーぐち部会は、琉球諸語の保存継承を目的に活動する。 講座 毎月第2火曜日 午後2時~4時 場所 なは市民協働プラザ (2019.10)

うちなーぐち部会 メインイメージ
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また、うちなーぐち部会では、那覇市広報に毎月掲載されているミニ企画「うちなーぐちや あじくーたー」の監修に協力しています。皆さんもうちなーぐちの単語を勉強し会話のレッスンに活用してください。

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民族の炎 自己決定権の戦い

琉球新報11月26日オピニオン欄のティータイムに投稿した下記の原稿が採用されました。うちなーぐち・しまくとぅばの普及が進まず逆に急激に減少しているます。打開策のてだてが海外の言語復興が参考になることでしょう。

本紙のシリーズ企画、民族の炎-自己決定権の戦い-を興味深く読んでいる。特に言語復興に関する報告はしまくとぅば普及活動に携わる者にとってもっと具体的な経過を知りたい気がした。スペインのカタルーニャ語やバスク語は時の政権によって抑圧され使用禁止されたが民族運動で復興し自治州の公用語となり学校教育に導入された。バルセロナでは公務員になるにはカタルーニャ語を話せルことが条件。バスクの人々は言語復興をアイデンティティーの復興、民主化の象徴と捉えていると記事は伝えている。
ひるがえって沖縄の状況はどうだろう。県は06年に「しまくとぅばの日」を制定、県民運動や講座を実施するなど様々な施策を展開しているが09年にはユネスコが危機言語に指定、話者は調査毎に減少している。しまくとぅばは琉球文化のにーむとぅ根元、基層をなすと言いながら効果的な方策が見当たらない。普及推進という考え方以上に消滅の危機から言語を復興させるんだという基本認識が必要だ。そのためには公教育や公務員試験への導入などへの必要で需要創出が大事だと県や議会に訴えているが反応はいまひとつだ。衆議院の解散総選挙中、本紙に掲載された佐藤優氏のウチナー評論「沖縄代表として選ばれて欲しい条件のひとつとして琉球語の復興に努力する人」をあげていたのが印象に残っている。「言語は民族文化尾中核である。文化によって政治を包み込んでいくことが重要」というフレーズが新鮮に響いた。各候補者に政策に入れるよう要請を検討していた。

「しまくとぅばの日」条例に魂を!

うちなーぐち部会の会長と事務局長が参加している「しまくとぅば連絡協議会」は6月定例会開会を前に県議会に新里米吉議長を訪ね、「しまくとぅばの日条例に関する請願」を行いました。また県庁で文化観光スポーツ部の山城貴子統括官に対し同様の要請を行いました。

 

沖縄タイムス 御中

論壇投稿

しまくとぅばの日条例に魂を

親先祖(うやふぁーふじ)から受け継いだ大切な私たちの「しまくとぅば」を無くしてはならないと県議会は06年に議員提案で9月18日を「しまくとぅばの日」とする条例を制定した。10年余が経過した現在、当連絡協議会やNPO沖縄県うちなぁぐち会、那覇市文化協会などの要請で各市町村に於いても41議会中36議会が「しまくとうばの普及促進宣言」を決議している。

一方、県は13年に「しまくとぅば普及推進計画」を策定、県民大会やボランティア養成講座、テレビCMなど様々な施策を実施し県民意識も高まっている。近く県の「しまくとぅば普及センター」が設置されることになっており、ハワイの言語復興になぞらえて「しまくとぅば復興のルネサンス」、と位置づけたい。しかし話者の減少はいっこうに歯止めがかからず、しまくとぅばを聞けて話せる人は現在、県民の3割にまで減少している。(16年沖縄県・意識調査)。このように行政の積極的な施策展開や民間の普及活動が活発な割りに普及が進まない要因の大きな要因は、私たちの日常生活の中でほとんど、しまくとぅばの必要性がないことだと指摘されている。世界遺産になった組踊など・しまくとぅば・ウチナーグチなしには成り立たない芸能文化もほとんどヤマトグチで教えられている。それが当たり前で疑問にも思わない現状がある。なにかおかしい。

そこで、しまくとぅば話者の減少に歯止めをかける根本には需要の喚起が必要だ。民間の需要に加えて、条例を制定した県議会はじめ普及促進を決議した市町村議会などで、恒常的に質疑の一部をしまくとぅばで行うことを提案したい。「隗よりはじめよ」だ。「しまくとぅばの日」条例を制定した06年2月議会で提案者代表は、冒頭しまくとぅばで提案理由を述べており市町村議会でも過去に那覇市、石垣市、与那原町、南風原町など10市町村議会で所見表明など一部をしまくとぅばで表現している。しかし後が続かない。

しまくとぅばで質疑したら答弁する当局も対応もできない。だが質疑をしまくとぅばで行うことで今後、議員及び行政当局は学習しないとならないし翻訳業務が発生するだろう。自動翻訳のソフト開発など民間への波及効果も期待でき一石二鳥だ。

「しまくとぅば普及センター」が設置され、しまくとぅば普及施策のターニングポイントとなる節目に「県条例に魂」を吹き込んでほしい。しまくとぅばウチナーンチュの魂(まぶい)精霊である。ウートート アートート。

                                                            2017年5月24日                                                                                                 しまくとぅば連絡協議会                                                                                                   副会長 名嘉山秀信(71)

母語を忘れたカナリヤ・ウチナーンチュにならないで!

しまくとぅば 学校教育や採用試験で導入を

しまくとぅば連絡協議会では22日程離島を除く県内全市町村長と教育長に対し「しまくとぅば普及施策の強化を要請(那覇市面談、それ以外は郵送)した。しまくとぅばの日制定10年が経過し県民意識は高まっているとは言え話者は減少の一途だ。27日に県が発表した県民意識調査によると、「しまくとぅばを主に使う、共通語と同じくらい使う」は、前回3年前に比べ7,6ポイントも落ちて27,6%。ついに30%を切った。現在の取組だけでは限界があり、復興の根本は「学校教育への導入が不可欠」だ。要請は現行制度で可能な教育特例校制度の活用が趣旨。既に那覇市は英語を、中城村は歴史「ごさまる科」をこの制度で実施して実績がある。要はその必要性を教育関係者がいかに認識するかだろう。県民意識調査はユネスコが指摘した「琉球諸語は消滅危機言語」が一層、現実味を帯びていることを示している。

普及活動をしていて痛切に感じるのは「しまくとぅばを習得して何の役に立つのか?」「方言札で抑圧され過去を総括することなしに、今さら・・・」という反問が聞かれることだ。確かにしまくとぅばは沖縄の芸能文化以外は日常的なニーズはさほどない。しまくとぅばが無くても生活に困ることはない。しかし歴史を振り返ると私たちは母語を奪われたのだという認識を忘れてはならない。「言葉は魂である、言葉が滅びるということは魂が滅びる、つまりはウチナーンチュでなくなるということだ」。これはしまくとぅばの日制定5周年記念公演「喜劇 ウチナーグチ万歳」で脚本の大城立裕氏が寄せた一文、まさに至言である。私たちは「しまくとぅばの習得は母語を復興してアイデンティティーを確認すること」つまりウチナーンチュとしての人間回復・人権回復だという認識を持つ必要がある(96年 世界言語権宣言)。若い世代は、もはや母語は日本語」になっている。私たちは歌(母語)を忘れたカナリヤになってはならない。しまくとぅばの復興は基地問題同様、自己決定権に繋がる問題意識である。ニーズがなければ作ればいい。しまくとぅばで成り立っている琉球舞踊や三線の試験は真っ先に取り入れるべきだろう。自治体も職員採用試験で取り入れてほしいものだ。今回の調査でも「学校での総合学習等での実施」が74,2%と増えている。

問題意識という点で最近目についたのは、本紙3月3日の論壇「ウチナーグチに可能性」。

伊波普猷賞の伊佐眞一氏が受賞式で行った記念講演のウチナーグチ要旨を読んだ投稿子が感動、「ウチナーグチは学術的公的な言語としては向かないのではないか、文化的・言語学的な面の貴重さを認めながらも生きた言語として生き残ることはないのではないかと思っていた。(中略)今回の講演要旨は、新たにウチナーグチの生き生きとした生命力を感じた」と。沖縄語は日本語と比較して語彙が少なく表現力に乏しい面もあり、散文には向かないという指摘もあるが、逆に日本語にはない味わいがある。伊佐氏のウチナーグチ文章はリアルに状況が浮かぶ。まさに生き生きしている。夏目漱石の「我が輩は猫である」をウチナーグチ訳した 宜志正信氏の「我んねー猫どぅやる」を思いだした。
今夏には県の「しまくとぅば普及センター」がオープンする。
この記事は沖縄タイムス 2017年4月11日 論壇に「しまくとぅばは県民の魂 学校教育や採用試験導入を」のタイトルで掲載

 

しまくとぅばの普及継承 那覇市長に要請

現行制度で可能 教育特例校制度

那覇市文化協会うちなーぐち部会も加入しているしまくとぅば連絡協議会は3月22日、那覇市役所を訪れ城間幹子市長と渡慶次克彦教育長に対し、しまくとぅば普及継承の施策を強化するよう要請しました。特に現行の制度でも可能な教育特例校制度を活用するよう強調しました。現に那覇市は現在、英語を、また中城村では歴史(護佐丸科)を教えています。2006年に9月18日を「しまくとぅばの日」と定めて10年が経過しました。ウチナーンチュの魂である「しまくとぅば」を復興させるには、どうすればいいか?試行錯誤が続いています。 以下、要請文を掲載します。
沖縄県は、現在「沖縄21世紀ビジョン基本計画」の改定を審議中で、しまくとぅばの保存・普及・継承に向け市町村や教育機関、普及団体、企業、研究者の連携体制構築を掲げ、2月定例県議会に「しまくとぅば普及センター(仮称)」の設置を提案しています。
しまくとぅばは、1000年以上にわたり琉球列島において祖先から受け継いだ言葉であり、その復興が叫ばれているにもかかわらず消滅の危機に瀕し、2009年にUNESCOが消滅危機言語に指定しています。
琉球処分後、明治政府は国政から地方自治レベルのいたるところで、沖縄独自の言語の使用・文化・生活様式を否定し、祖父母世代は差別を受けました。県民自ら学校現場や社会教育の場で「方言札」に見られるように独自の文化も否定するようになりました。
しまくとぅばは琉球文化の基層をなし大切だという意識が高まった2006年、県条例で「しまくとぅばの日」が制定され、法人や民間のボランティア団体の活動も活発です。2013年に県は「しまくとぅば普及推進計画」を策定し、県民大会、講座など様々な施策を実施してきました。また、しまくとぅば連絡協議会や沖縄県うちなぁぐち会、沖縄語普及協議会、那覇市文化協会うちなーぐち部会が行った要請の結果、県内41市町村議会中36議会が「しまくとぅばの普及促進」を決議しています。市町村の中では那覇市がいち早く、「ハイサイハイタイ運動」を始め「うちなーぐち講座」「しまくとぅば大会」などの施策を実施していることは当連絡協議会として大いに評価しています。
最近のマスコミの意識調査によると、しまくとぅばに愛着を持っている人が86%いますが、2013年の沖縄県の県民意識調査では72%がしまくとぅばを普及させるためには学校での教育が必要であると回答しています。しかしながら、しまくとぅばを使える人は毎年減少の一途を辿っており、これまで以上の施策の強化が求められます。
1996年、バルセロナで開催された「言語の権利に関する世界宣言」では、伝統的な言語を話し、その教育を受けることが基本的人権として謳われています。つきましては、今一度しまくとぅば復興の理念を確認し、下記のとおり施策の強化を要請します。

1、現行の制度・教育課程特例制度を活用し、しまくとぅば普及教育の授業を行うこと。

2、しまくとぅば指導書と教材の活用。

3、総合学習及びクラブ活動でのしまくとぅば学習。

4、市職員を対象としたしまくとぅばの普及・継承を図ること。

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うちなーぐち翻訳のお手伝い 観光客誘致に一役

うちなーぐち部会では、県内企業や県外企業に依頼されて、広報誌に掲載するヤマトグチのうちなーぐち翻訳をお手伝いしています。今回、伊藤忠プラスチック沖縄営業所の広報誌に掲載の紹介文を翻訳しました。
沖縄のリーディング産業観光は、去年800万人を越えて好調を続けています。この拠点紹介が観光客誘致に繋がれば幸いですね。

うちなーぐち翻訳 記事2

しまふとぅばであしば 自己主張する島の言葉

うちなーぐちで言葉は「くとぅば」。沖縄全体の言葉を総称して「しまくとぅば」と呼ぶ。しかし地域によって言い方が異なる。与那国では「むぬぃ」、八重山では「むに」、宮古は「ふつ」。筆者の出身地伊是名では集落によって異なり「くとぅば」「ふとぅば」「ふとぅわ」の三種類。生を受けた諸見区は「ふとぅわ」、これが母語である。母語には限りない愛着と郷愁を感じ、ンジナンチュ(伊是名人)だというアイデンティティが確認できる。
前置きが長くなったが今月18日、大宜味村で表題の講座があった。教育委員会の生涯学習担当者が、しまくとぅばの講座を企画したところ教育長が大宜味では言葉は「ふとぅば」だからと、語呂合わせで9月18日ではなく2月18日を提案し実現したという。これを聞いた時、「しまふとぅば」が自己主張していると感じ講座に出かけでた。画一的な概念ではなく島々地域の状況に合わせた主体的な取り組みが言語復興にとって大切なことなのだと。
当日、参加者は皆しまふとぅばで自己紹介。楽しみながら学ぶというユンタク講座形式で進行、思い思いに会話を交わし目が輝いていた。教育長は地域のうんがみ・海神祭もヤマトグチで司会しているとことに疑問を呈し、かねてからしまふとぅば継承の必要性を痛感していたようだ。今後も継続して取り組みたいと意欲を示している。
講座の中で、ある方言札世代の受講生が紹介したエピソードが強く印象に残った。戦前、東京で沖縄語を話すことに羞恥心を抱いていた大宜味出身が、「きざはむぬいいしない会」(喜如嘉の言葉を話さない会)を結成するため、とある場所に集まった。最後まで参加者の話を聞いていた一人の女性が「言葉を忘れたら島を忘れる。使いましょう」と提案。その時、隣の部屋の襖が空いて出てきた著名な県出身研究者が「したいひゃー」と叫んだという。これがきっかけで会の名称を「きざはむぬいいする会」に変更したというのだ。なんという爽快なエピソードだろう。当時は沖縄出身を恥じて身分を隠し、改姓したりした時代だ。件の女性は沖縄出身ではなく東京出身の沖縄人嫁だったというのが何とも皮肉な話だ。己の歴史文化にもっと誇りを持てと諭された気がしたことだろう。民族の言語を話す権利は、「世界言語権宣言1996年(バルセロナ)」で謳われている。大宜味村では現在。、村史の中で「しまふとぅば編」を発刊する作業を進めている。

この原稿は2017年3月5日 琉球新報 論壇に掲載

 

DSC03642大宜味村役場 DSC03651教育委員会職員
大宜味村役場            米須邦雄教育長(正面左)

≪しまふとぅばであしば≫
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魂取り戻す母語の復興(沖縄タイムス論壇(2017年2月17日))

普及継承へ話者増やしたい

あなたの母語は何語ですか?と問われたら私たちうちなーんちゅは、どう答えるだろうか。「愚問だ、日本語に決まっている」と一笑に付されそうだが、果たしてそうだろうか。しまくとぅばの話者がなかなか増えないのは、県民の深層心理に「しまくとぅばは母語(だった)」という認識が欠如しているからではないか、と最近思う。

母語を辞書で引くと「幼時に最初に習得した言語」「自分の本国の言語」とある。筆者は1945年伊是名島生まれで艦砲の喰えー残さー世代。当然しまくとぅばで育ち「ふとぅわ(伊是名語)」つまり沖縄語が母語である。「自分の本国の言語」という定義からすると母国語は日本語だ。しかし何か違和感があるのはどうしてだろうか。

琉球処分で沖縄県になる以前、沖縄人(ルビ・うちなーんちゅ)の母語・母国語は沖縄語(ルビ・うちなーぐち)・しまくとぅばだった。

しかし約140年経過した今、改めて「母語、母国語は?」と聞かれると、「沖縄語・しまくとぅば」だと答える人は何%だろうか? 戦後しばらくは沖縄語・しまくとぅばを使うと方言札で罰せられ、標準語励行は地域によって復帰前まで続いた。親世代が沖縄語・しまくとぅばを話せず幼児期から日本語のみで育った沖縄人の母語と母国語は同一で日本語になっている。もはや、沖縄語・しまくとぅばは外国語のような言葉となっているのだ。

このような状況下で話者を増やす普及継承の課題は、沖縄人が日本国民として同化される過程で言語を奪われた、否自らも進んで放棄した時期があったことを総括すること、そして母語を復興させるんだという認識をもつことだと考える。

ハワイは米国に併合された後、法律でハワイ語が禁止され使用者は罰則が科された。消滅寸前だったが40年前、自分たちの言語・文化を見直そうという、いわゆるハワイアンルネッサンスが起こり、今では保育園から大学までハワイ語の教育が行われている。しかも英語に続いて第2言語、公用語になっている。

言語復興は私たちの魂を取り戻すことにつながるのだ。つい先日、「しまくとぅばの復興は沖縄人の人間回復だ、沖縄ルネッサンスと位置付けたい」と話していた豊見城市の「語りの会」主宰者の言葉が重なる。しまくとぅば連絡協議会の結成当時の私どもの認識とも一致する。

1996年にバルセロナで採択された「言語の権利に関する世界宣言」は人権回復ということにほかならない。母語を取り戻そう。

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アキギタラ・ウミギタラ       チジン岳(伊是名城)

しまくとぅば普及へ 学校教育特例制度の活用を

県は「沖縄振興21世紀ビジョン」の改定案を審議中で20日に開催された県振興審議会で「しまくとぅばの保存・継承」については、市町村や教育機関、普及団体、企業、研究者の連携体制構築や「しまく普及センター(仮称)の設置」を明記した改訂案を示したという。

改めて言うまでもなく「しまくとぅば」は私たちのから受け継がれてきた言葉、文化であり、19966月にバルセロナで採択された「言語の権利に関する宣言」のとおり県民は自分たちの言葉を使う権利がある。言語学的にも日本語とは異なり琉球諸語・沖縄語と呼ばれ、ユネスコの世界文化遺産に指定された組踊はじめ琉球舞踊、芝居、島唄、エイサーなどの内外に誇る独自の郷土文化は私たちの誇りだ。しまくとぅばはウチナーンチュの魂アイデンティティーのなのである。

しかしながら「しまくとば」は、琉球処分後の国語教育を通じ「方言札」など県民自ら使用を禁止した負の歴史があり、話者は年ごとに減少している。平成18年に県条例で「しまくとぅばの日」が制定され10年が経過、平成25年県は「しまくとぅば普及推進計画」を策定し県民大会、講座など様々な施策を実施、民間のボランティア団体の活動も活発ですが現実は厳しい状況だ。今回県が沖縄振興21世紀ビジョンの改訂作業で「しまくとぅばの保存・継承」で市町村や教育機関、普及団体、企業、研究者の連携体制構築や「しまく普及センター(仮称)の設置」を明記することは、普及施策の一大転換点と言える。

しまくとぅばの日条例制定後、企業や、しまくとぅば連絡協議会などが要請を行った結果、県内41市町村議会中36議会が「しまくとぅばの普及促進」を決議した。しかし県民意識が高まってきたという割には行政や教育現場での取組は遅々として進んでいない。本紙元旦号に掲載された県民意識調査によると、県民の95%が沖縄の文化を誇りに思い、しまくとぅばに愛着がある86%、そして子供たちが使えるようになってほしいと思う人が80%いる。しかし話者は3.5ポイント減の42%だ(沖縄県の県民意識調査では35%)。しまくとぅばの復興は歴史の過ちを総括し、教育への導入が不可欠と考える。現行の学校教育特例制度の中でも可能である。現に八丈町ではこの制度を利用し沖縄語と同様、消滅の危機言語とされている八丈語の授業を実施している。沖縄でも中城村が「護佐丸科」を取り入れている。県内自治体及び教育関係者は、しまくとぅば復興の基本理念を今一度確認し、早急な取組を求めたい。 (2017129日 琉球新報論壇に掲載)

ゴーヤーの復権に思う 沖縄語の生命力

2016124日の沖縄タイムス週刊しまくとぅば新聞「くとぅば風 くとぅば波」を読んでの生命力を感じた。NHK日本語発音アクセント新辞典」で「チャンプルー」の発音を沖縄の伝統的なアクセントと大和風のアクセントを併記したという記事で思い当たることがあった。実は電波メディアに於ける沖縄語の発音に、かなり前から違和感があった。

 ゴーヤーは沖縄の庶民料理の定番ゴーヤーチャンプルーの材料。ビタミンCが豊富な夏野菜で現在では県外でも日よけ用にベランダで栽培しているのをニュースでよく見かける。熱帯アジア原産のゴーヤーが北国の北海道でも栽培できるそうで今や、すっかり全国版となっ感がある。この「ゴーヤー」の書き方・表記法と発音が、かつてマスコミの中で歪められた時期があり、しまくとぅば・うちなーぐちの普及に携わっているものとして心を痛めていた。NHKが以前、ゴーヤーを「ゴーヤ」と表記、発音の仕方もアナウンス用語でいう前高といって「ゴ」にアクセントを置き、長音の棒線「ー」を省いた尻切れトンボで放送していた。聞いていて妙な気分になったものだ。それがいつの間にかゴーヤーの表記に戻りイントーネーション・発音もウチナーンチュが日常使用している形に戻った。新聞でも同様なことがあったという。共同通信がゴーヤーの表記を「ゴーヤ」に統一しようと提案したことがあり、沖縄タイムスと琉球新報が反対して「ゴーヤー」になったと、かつての記者仲間から聞いたことがある。同様なことは現在でもあるのをご存じだろうか。「シーサー」と「ユーフル(風呂)」。読者はどのように発音するだろうか?電波メディアでは「シ」と「ユ」にアクセントを置いている。「ユ」にアクセントを置いたんではに浸かったた気がしない。ゴーヤー、シーサー、ゆーふるにも己の名前を主張する権利(?)があるだろう。テレビのニュースやCMで耳にした時は思わず「アキサミヨー ヌー ナトーガ」とため息が出たものである。

 言語は民族が悠久の歴史の中で形成したコミュニケーションツール。民族の魂アイデンティティーの中核的要素であり文化遺伝子である。しかし琉球諸語・沖縄語は独立言語とはいうものの国内ではアイヌ語、八丈語同様マイノリティーで優勢言語である日本語に吸収されつつあるのではないかと危惧している。しまくとぅばの話者が35%まで減少し危機的状況にあるなかで、普及継承と同時に「魂の表現方法」を守ることも大切なことである。今更、何でうちなーぐちなの?という人もいるが、世界のウチナーンチュ大会連携イベントで、ハワイのウチナーンチュが、100年前の新聞が「ハワイ語を取り戻そう」という記事を掲載、その中で「民族の言葉を話すことにこれ以上の喜びはない」とあった報告、強く印象に残っている。現在ハワイ語は英語同様公用語で第2言語になっているそうだ。幼稚園から大学院までハワイ語で教育しているとも。「しまくとぅばの日」制定10周年、年の瀬を迎えてゴーヤーの表記法復権に琉球諸語・沖縄語の力強い生命力を感じハワイに学ぶびたいと決意した。沖縄の言語は日本語の姉妹語ではあるが、独立言語であるということを今一度、認識したい。

この原稿は20161229日、沖縄タイムス論壇に「しまくとぅば 魂の言語 普及継承ハワイに学べ」とのタイトルで掲載されました。

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パネリスト

しまくとぅばボランティア養成講座 チビラーサン93歳の講師

各市町村文化協会、多彩な講座 最高齢講師は93歳のおばあちゃん

しまくとぅばの普及継承を目的に県文化振興課が県文化協会に委託している「しまくとぅばボランティア養成講座」は、今年度で2回目。那覇市など8市町村文化協会のうちなーぐち部会・しまくとぅば部会やPOPが実施中です。

講座内容は、自己紹介や日常会話、琉歌、民謡、年中行事、歴史など多様なテーマで「しまくとぅば・うちなーぐち」の習得講座に取り組んでいます。小学校のクラブ活動で民話や童話の読み聞かせで次世代の子供達に沖縄語を継承する団体もいくつかあります。

中城村文化協会しまくとぅば会では、今年度の講座で最高齢と思われる喜納千鶴子さん(93)が、「しまくとぅばによる教訓・ゆしぐとぅ」と題して10月20日、講師を務めました。喜納ばあちゃんは、祖母や母親から習った教えや長い人生の中で自分で創作した黄金言葉を1冊の本として出版しています。名付けて「チルグワーの むんならーし」。講座では40~50代の女性が熱心に耳を傾けていました。

生まり島に恩恵どぅ 生まり島ぬ言葉忘りーねー 自分失いん

上記の「ゆしぐとぅ」は「言葉忘しいーねー 国ん忘しゆん」と同義。

各地域の講座スナップを掲載します。

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世界のウチナーンチュ大会連携イベント

”ハワイ語復興に学ぶ”学校現場におけるしまくとぅば教育に向けて

10月26日午前10時半から那覇市泉崎の自治会館において、タイトルのフォーラムが、開催される。
ハワイは1898年にアメリカ合衆国に併合された後、英語が強制されハワイ語は継承されなくなり先住民はアメリカ人になろうと努力したという。学校ではハワイ語を話すと罰を受け、家庭でも英語が強制された。なにやら1879年の琉球処分後に行われた皇民化教育によってうちなーぐちが抑圧された歴史との沖縄と重なるところがある。
しかし1970年代に先住民文化を見直するハワイアンルネッサンスが起こりハワイ語が復興 。今では幼稚園から大学院までハワイの歴史、文化、言語が教えられている。
私たち県民は、うちなーぐちによる独自の文化を育んできたという誇りを持ちながらもその根元の沖縄語は消滅の危機にさらされている。現にしまくとぅばを話せる人は35%にまで減\減少した。
しまくとぅばの日が制定されて10年にして、ようやく県の施策に「しまくとぅば普及センター」が検討されるようになった。しかし、根本的な継承・復興にはハワイのように公教育に取り入れないと覚束ない。
今回のフォーラムでは、ハワイのウチナーンチュがハワイ語の復興について報告、沖縄側も学校現場の校長が現況を報告、県文化振興課長が県の取り組みと今後の展開を報告する。入場無料。主催:株式会社クレスト 957-1119、 共催:しまくぅば連絡協議会(那覇市文化協会うちなーぐち部会)

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いきいき・ゆんたくサロン

敬老の日を前に那覇市若狭市営住宅の自治会サークル「いきいき・ゆんたくサロン」から声がかかり、9月8日ゆんたくをしてきました。会員はほとんどが80歳代でしかも
女性ばかり、それはそれは、にぎやかなこと・・・。
幹事の女性は、那覇市のうちなーぐち発信事業でうちなーぐち講座の受講生。講座の成果発表公演では見事な演技を披露しました。「ゆんたくサロン」の話題は今年が「しまくとぅばの日」制定10年ということで、しまくとぅば・うちなーぐちの現況をテーマに30分ほど説明しました。後期高齢者なので、みなさんウチナーグチ世代ですが、会話はヤマトゥグチばかりでしたね。しまくとぅば・うちなーぐちを聞いて話せる県民は35%で、消滅の危機にあると言われている中で、話せる人は意識的にううちなーぐちを使ってほしいですね。

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しまくとぅばの保護・強化条例制定を要請

 9月18日のしまくとぅばの日を前に、那覇市文化協会うちなーぐち部会、しまくとぅば連絡協議会、NPO沖縄県沖縄語普及協議会、NPO沖縄県うちなぁぐち会の4団体は、8日県議会議長に「しまくとぅばの保護・強化条例」の制定を、また県文化観光スポーツ部と県教育長に「しまくとぅば普及センター設置」を要請しました。県議会は10年前に「しまくとぅばの日に関する条例」、去年は「県文化振興条例」を制定しており、新里議長は「しまくとぅばの普及促進」に前向きに取り組む姿勢を示しました。要請した条例案では、学校教育に導入すすることを強調しています。
県文化観光スポーツ部の照喜名統括官は、「しまくとぅば普及推進計画」の中期計画に「しまくとぅば普及センター」の設置を検討していると答えました。普及センターができると、県の専門機関で講師養成などができ、期待されます。平敷教育長は文部省の教育カリキュラムとの関係や現在でも過密な現場でどう対応できるか、難しい面があると述べました。
しまくとぅば・うちなーぐちを聞けて話せる人は、県の3年前の県民意識調査で35%にまで減少しており、消滅の危機が迫っています。ウチナーンチュの魂、アイデンティティー、文化の根元である言葉が消えればウチナーンチュのはなくなります。

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沖縄芸能としまくとぅば継承! 9月11日沖縄市文化センター

9月18日が「しまくとぅばの日」の日に制定されてから、今年は10年の節目になります。那覇市文化協会うちなーぐち部会も加盟している、しまくとぅば連絡協議会では、しまくとぅばの普及継承をテーマに9月11日(日)午後4時から、沖縄市の文化センターでイベントを開催します。題して「沖縄芸能としまくとぅば継承!」。

ご案内のように沖縄の芸能文化は、私たちの言葉うちなーぐち.しまくとぅばに成り立っています。1879年(明治12年)の琉球処分で日本国に統合された後、うちなーぐちは同化政策で抑圧されました。60代後半以降の人は方言札の苦い思い出があるでしょう。方言を使うと頭が悪くなる、成績が落ちる、標準語を使いましょう。1972年の復帰前まで標準語励行が続きました。

その結果、今うちなーぐち・しまくとぅばを話せる県民は35%にまで減ってしましました。ユネスコは琉球諸語は消滅の危機言語と指定しています。このままでは、あと20年もつかどうか?そうなると琉球諸語は博物館や大学の研究者だけの言語となってしまうでしょう。 ウチナーンチュの魂、アイデンティティーの根元である「うちなーぐち・しまくとぅば」なくなるとウチナーンチュではなくなるんですよ。しまくとぅば・うちなーぐちの復興は、自分を取り戻す作業です。 県は平成25年にしまくとぅば普及推進計画を策定し、10年後は85%の県民が話せるようにと様々な施策を実施していますが、覚束ない状況です。

うちなー芝居は明治時代に組踊から派生した芸能です。娯楽の多様化で観客動員も多くはありませんが、うちなーぐちとウチナーンチュのチムグクルを今につないでいる大切な芸能です。
うちなーぐち・しまくとぅばを、どのように繋いでいくか、今回のイベントで沖縄芝居の重鎮、八木政男さんと琉球大学の石原昌英さんが対談、第二部は芸能バラエティーでお楽しみいただきます。
しまくとぅば

しまくとぅばボランティア養成講座 受講生募集

平成18年に県条例で9月18日を「しまくとぅばの日」と制定してから今年は
10年の節目になります。言語は文化遺伝子、しまくとぅば・うちなーぐちは私達
ウチナーンチュの魂・アイデンティティーの基です。その大切な言葉を話せる人は
県民の35%までに減少し、ユネスコは2009年に「消滅の危機にある言語」の
一つであると警告を発しました。しまくとぅばの復興は県政の重要課題です。
このため県は文化の根基(にーむとぅ)である「しまくとぅば・うちなーぐち」を
広めようと普及計画を策定、県民大会やしまくとぅば大会、ボランティア養成講座を
実施しています。
那覇市文化協会では去年に引き続き、今年もこの事業を受託し講座を実施します。

講座実施期間:9月29日~10月27日 毎週木曜日 午後6時~8時 10回
場 所 :那覇市新都心銘苅庁舎2F (駐車場あり)   (1日2コマ)
受 講 料   :無 料
定  員  :30名(先着順)

受託団体: 沖縄県文化協会
実施団体:那覇市文化協会 ℡861-1909 Fax861-1922
問合せ :うちなーぐち部会 名嘉山秀信 ℡ 090-4347-8798
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しまくとぅば連絡協議会総会 新会長に池原稔さん

 しまくとぅば連絡協議会の第2回総会が4月17日、沖縄国際大学で開催され空席となっていた会長に池原 稔さんを選出しました。池原さんは嘉手納町で24時間FM放送局を運営している株式会社クレストの代表取締役です。しまくとぅばの普及に力をいれており、今後の連絡協議会の活動に大きな力となります。総会には喜納昌春県議会議長、前会長で県政参与の照屋義実さんも出席し来賓あいさつを述べました。新年度活動計画として1、しまくとぅばの日に向けた取組2、しまくとぅば新聞の発行、3、ホームページの開設、4、世界のウチナーンチュ大会に向けた取組を承認しました。
那覇市文化協会うちなーぐち部会はしまくとぅば連絡協議会の団体会員になっています。協議会では、しまくとぅば・うちなーぐちを継承ぐちすることに賛同する個人、団体、協賛企業を募っています。私たち、ウチナーンチュの魂である「うちなーぐち・しまくとぅば」を継承し いちゃびら。

CIMG2247総会全景-800x600 CIMG2248照屋義実前会長-800x600 CIMG2243喜納昌春議長-800x600 CIMG2244桑江・名嘉山・玉元-800x600 CIMG2264池原新会長-800x600 CIMG2246総会全景1-1-800x600

しまくとぅば連絡協議会総会 4月17日 沖国大

第2回総会が17日(日)午後2時 沖縄国際大学5号館で開催されます。議案は新会長の選出、15年度活動報告、16年度活動計画など。
今年は「しまくとぅばの日」が制定され10年の節目です。普及活動にかかわっている個人、団体、賛助企業はじめ趣旨に賛同する県民の参加を呼びかけします。沖縄タイムスに寄稿した原稿と記事を掲載します。
「しまくとぅばの日」が制定されてから今年は10年の節目になる。私たちの言葉は「沖縄語」或いは琉球諸語と呼ばれ、与那国語、石垣語、宮古語、沖縄語、国頭語、奄美語の六つの独立した言語に分類されている。私達の祖先は、自分たちの言語で独自の文化を築きあげ組踊はユネスコの世界遺産にまで指定された。
しかし、その文化の根元である言語は1879年の廃藩置県いわゆる琉球処分に伴う、日本国民教育(皇民化)が実施される過程で抑圧され続けた。戦後60年代まで標準語励行、方言札が残った。現在話せる県民は35%にまで減少している。2009年にはユネスコが世界にある言語のうち消滅の危機にある2500の言語の中の一つだと認定、保存継承は急務となっている。
このような中で、しまくとぅばの保存継承は個々のボランティアだけに依存せず全県的な取り組みが必要だと感じ、2013年8月県内の普及団体や個人、企業の賛助会員に呼びかけ「しまくとぅば連絡協議会」を結成した。これまで県や、県教育庁、県議会、市町村議会に「しまくとぅばの保護強化」を要請、県内41市町村議会では85%にあたる36議会が「しまくとぅばの普及促進に関する宣言」を決議し一定の成果を上げている。その後、県も2014年に普及推進計画を策定、県民大会を開催するなど10年後の話者を85%に引き上げると目標を設定した。今年度までを普及啓発期間と位置づけ、2回目の意識調査を実施する予算を計上している。那覇市長時代から普及施策を実施している翁長知事は元県教育委員長の照屋義実氏をアドバイザーとして県政参与に起用一段と力を入れている。期待したい。
ところで、しまくとぅばの保存・継承は言語復興に対する基本認識を県民が共有し、行政による抜本的な施策を展開することなしには達成できないと考える。ことば・言語は文化遺伝子であり、魂だ。「言葉が滅びることは魂が滅びる、つまりウチナーンチュでなくなることだ」と芥川賞作家の大城立裕氏はしまくとぅばの日5周年企画で上演した「喜劇 ウチナーグチ万歳」公演のあいさつ文で述べている。このような基本認識に立って、しまくとぅば・ウチナーグチの復興には教育の中で正規のカリキュラムに取りいれるのが実効ある施策と言えよう。中城村が学校教育課程特例制度で「護佐丸科」を実施しているように現在の制度でも可能だ。沖縄の在り方は沖縄人が決める自己決定権、しまくとぅばの復興は自己決定権の2本柱ではなかろうか。
今月17日(日)午後2時、沖縄国際大学で「しまくとぅば連絡協議会」の第2回総会が開催される。趣旨に賛同される個人、団体、企業の参加を呼びかけます。

160412sinnbunnタイムス寄稿記事

うちなーぐちや あじくーたー ~那覇市広報誌シリーズ企画~

那覇市文化協会うちなーぐち部会では、2013年5月から那覇市の広報誌にうちなーぐちの単語を紹介する企画「うちなーぐちや あじくーたー」をシリーズで掲載しています。

当初は味わいのある単語を会話形式で紹介していましたが、現在は単語の意味を紹介しています。沖縄には地域によって言葉がことなり、一口でうちなーぐちといっても非常にバラエティーに富んでいます。那覇市内でも首里言葉、那覇言葉、泊言葉、垣花と様々ですが特に小禄言葉は波乗りをしているようで御思わず笑ってしまいます。糸満言葉、北谷言葉も特徴があって好きですね。

名護などやんばるのうちなーぐちは、日本語の上代のP音が残っています。

例:棒ぬ先から 火ーぬ出じてぃ 我ー鼻 ぴりぷがち。

日本語訳:棒の先から火が出て私の鼻に穴を開けた。 物騒ですね(笑)

広報誌から一部を転載します。

 

平成25年_5月号全体

平成25年_5月号コーナー部分    平成25年_10月号コーナー部分     若水_01

 

喜劇 猿ぬ生肝(さーるーぬ なまぢむ) 好評!

那覇市文化協会うちなーぐち部会が毎月第二火曜日午後7時~9時まで首里公民館にて定例講座を行い、首里公民館まつりで2月7日に上演した「喜劇 猿ぬ生肝」を、2月13日パレット市民劇場で再演し大好評でした。那覇市文化協会のあけもどろ総合文化祭の総合文化部会に賛助出演したもので、コミカルな構成とうちなーぐちが大受けしました。

竹富島の民話を題材に15分に仕上げた内容。竜宮城の王様が重病になり、

ユタンメーに御願を頼んだら、猿の生肝を食べさえると治るとのお告げ。

臣下供は猿は陸にいる、ここは海底だ、どうしょうと相談の結果、猿をだましてフカに乗せて連れてくるのですが、そこへユンタ区のタコが、竜宮城へ行くと殺されるよとバラシてしまします。機転を利かした猿は「私の肝は松の木に干してある、取り戻ろうと猿知恵。竜宮に戻ったタコは釜茹でに。タコは体中の骨が抜けてアバサーがもったいないと自分の体に骨をくっつけた。それからアバサーはハリセンボンと名前がついたと。また亀は背中に鞭打ちの刑を受けて甲羅にひびが入ったとさ。  というお笑いの一席でした。

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方言という認識を改めたい!

しまくとぅばは独立言語

うちなーぐちHP記事
「くとぅば忘しーねー 国ん忘しゆん」という沖縄の黄金言葉がある。言葉を忘れたら国を忘れる、という意味である。国を」に「忘れるを消える」に置き換えたら、しまくとぅば・ウチナーグチが消えるということはウチナーンチュでなくなる、つまりアイデンティティの喪失を意味する。
現況はどうかというと話者は減少の一途を辿っている。琉球新報の県民意識調査によると2001年55.8%、2006年52.6%、2011年44.7%だったのが2013年に県が実施した意識調査によると35%しかいない。県が「しまくとぅばの日」県条例を制定して今年で10年になり、各地でボランティを中心に様々な活動が行われ行政も動き出し県民運動も展開されてはいる。しかしユネスコは琉球諸語は「消滅の危機にある言語」と認定した。
なぜ普及促進が停滞しているのか、考えるにその原因のひとつに「しまくとぅばは方言」、日本語の下位言語という認識から脱却できないことにあるのではないか。
日本祖語から分離し千数百年独自の歩みを続け独自の文化を創り上げた琉球諸語。ユネスコも独立言語としているのに、肝心の私たちは未だに方言と言っている。琉球処分以降、数十年余に亘り言語を抑圧された苦い歴史体験を持つ県民は骨の髄まで方言意識が染み込んでいるのである。いわく「方言を使うと頭が悪くなり成績が落ちる、日本人扱いされない、差別を受ける、恥ずかしい、スパイだ」・・・etc。
このような歪んだ認識から脱却し誇りを持ってを日常語とするには「しまくとぅば・ウチナーグチ」が沖縄人としての民族の魂であり独立言語であるとの認識を持つことであろう。何も「沖縄人は先住民族」だというつもりはない。日本国に統合された事実は否定できず日本語を否定するものではない。バイリンガルでいい。今、基地問題を巡って「自己決定権」というのがキーワードになっているが言語を復興することも自己決定権の確立につながる。幸い県文化振興課は今年度予算で「しまくとぅばボランティア講座」を県文化協会に事業委託し実施している。しかし真に言語復興を実現するには「独立言語」という基本認識を持ちハワイのように教育課程に導入しなければ掛け声だけに終わってしまうだろう。まず手始めに条例で「しまくとぅばの日」を制定した県、県議会、県教育庁の行政文書やマスコミの報道の中から「方言」という用語を改めてほしいものである。

しまくぅば連絡協議会
那覇市文化協会うちなーぐち部会

那覇市市民文化発信事業 うちなーぐち講座開始

平成27年度の「那覇市市民文化発信事業のうちなーぐち講座」が 10月1日から始まりました。今回で3回目です。ここ2~3年の県民市民意識の高まりを反映して定員30の予定を大幅に超えて、46名が応募し事務局は嬉しい悲鳴を上げていました。応募者は東京、福岡、福島、兵庫など県外やブラジル、ペルーに住むウチナーンチュ、更にネパールからの受講生もおり、うちなーぐちも国際化?してきました。
初日は、開校式が行われ主催者の那覇市文化振興課の砂川龍也課長と実施団体の那覇市文化協会、仲田美加子会長があいさつを行い、4か月に亘講座でうちなーぐちが話せるよう頑張ってください、と激励しました。講師の沖縄俳優協会の津波盛廣さん、赤嶺啓子さんが早速、講座を開始、自己紹介の仕方を勉強しました。
講座内容は、日常会話やうちなーぐちの仕組み特徴などの基礎講座を終えた後、実践編として、うちなー芝居の脚本(喜劇)を教材に勉強を深め、最終的にはうちなーぐちによるスピーチや受講生が役者となって芝居の舞台公演を行います。

講座はうちなーぐち部会が運営にあたり、来年1月31日(日)パレット市民劇場で舞台発表を行います。ご期待ください。

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うちなーぐち部会 玉那覇朝子さんが教本出版

那覇市文化協会うちなーぐち部会(会長 宮良信詳)の玉那覇朝子さんが、8月初旬、「うちなーぐちぬ羅針盤(からはーい)」という本を出版しました。
玉那覇さんはNPO沖縄県沖縄語普及協議会の会員でもあり、また琉球新報カルチャーセンターで講師を務め、小学校や幼稚園でも教えており、長年の講師活動で行った講義内容をまとめた実践会話向きの教本となっています。
CDもついており耳からうちなーぐちに親しめるようになっています。

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ハワイに学び学校教育にも しまくとぅば復興を県政課題に

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2015年9月6日 琉球新報 論壇投稿

2006年しまくとぅばの日制定されてから来年は9年間を振り返ると、どちらかというと民間のボランティアが中心の普及活動であった。13年、県は初めて県民意識調査を実施し普及促進計画を策定、同年9月には県民大会を開催した。普及促進計画では10年後に話者を85%に引き上げるとしている。今年4月には小中学生向けの読本も作成し配布した。しかししまくとぅばを話せる県民は35%(県民意識調査)である。琉球諸語の中でも与那国語が最も危機的状況と言われている。
しまくとぅばの普及促進で重要なことは「何故に復興させるのか」、歴史的経緯を踏まえ「言語復興がウチナーンチュとしてのアイデンティティを取り戻す作業」だという基本認識を持つことだ。いやなく
1879年の廃藩置県後、皇民化・同化政策で言葉を奪われて136年。明治時代は「クシャメするのもクスクエーでなくハックションと言おう」と大真面目に言われた。方言札があり、「ウチナーグチを使うと頭が悪くなり成績が落ちる」とか、スパイ扱いされ、そして復帰直前には「日本国民になるから標準語励行を」と教師たちは指導した。組踊が世界無形文化遺産になり自分たちの文化に誇りを持っていると言いながら今なお「方言を使うのは恥ずかしい」という人たちがいる。こうした負の歴史を払拭し、自分たちの言葉は日本語の下位にある方言ではなく、れっきとした言語であるという誇りをもって、日常的にしまくとぅばが飛び交う世の中を作ることが今、求められていると言える。
翁長知事は7月のハワイ訪問で言語復興の状況説明を受けたようだ。ハワイではハワイ語を公用語と定め、学校の教科でも積極的に取り入れているという。沖縄も教育の場でしまくとぅばが学習できるよう願いたい。
しまくとぅば連絡協議会会長を務めた照屋義実氏が先月県政参与となった。その照屋氏は県立のしまくとぅばセンター」設置や「ハワイ語に学び沖縄に合う(母語復興に向けた)制度」の構築などに言及しているが、県政の重要課題として取り組んでいかなければ、とても県民の85%が話者となるおとは望めない。来年は5年に一度の世界のウチナーンチュ大会が開催される。ウチナーグチで話かける海外の同朋にヤマトグチで返さないよう、どーでぃん うにげーさびら。
しまくとぅば連絡協議会 副会長
那覇市文化協会 うちなーぐち部会 事務局長
名嘉山秀信(69)

島々ぬくとぅば  語やびら大会~肝心込みてぃ  語やびら~       9月12日 パレット市民劇場

那覇市文化協会は那覇市の委託事業で今年も「島々ぬくとぅば 語やびら大会」を実施します。琉球諸語6つの圏域から代表者が参加し、各地域の味のある「清らくとぅば」で弁論を展開します。南から与那国島から、宮古島、沖縄中南部、沖縄北部、奄美大島の琉球諸語六つの圏域から10名程度がエントリーします。小学生から60代まで言葉を繋ぐ・継承することがキーワードで、奄美は与論島出身の親子が出場します。
下方のスナップは去年の大会 記念写真  屋比久奈月さん(宮古)shima_lang_20141002_8shima_lang_20141002_3

茂宮隆次さん(奄美)         会場shima_lang_20141002_4shima_lang_20141002_2

まうい(魂)落とぅちゃん

まぅい、伊是名の島くとぅばで魂のこと、本島では「まぶい」です。この「まぶい」は何かの拍子で人体から離脱することがあります。魂を落とした人は放心状態になり自意識がありません。何を隠そう、実はこの私も「まぅい」を落としたことがあるんです。 小学校低学年の頃、馬の草刈に行くため明け方に村ずれで兄と共に馬に跨ったとたん、何かに怯えた馬が突然前足をバタつかせた後お尻を持ち上げたのです。その拍子に落馬、ぶちくん(気絶)してしまいました。気が付くと自宅の仏壇がある二番座に寝かされていました。そして直ちに親戚のばあさんに連れられ落馬した現場に行き「まぅいふみ・マブイグミ」をしました。「かまでーい 追ーてぃふーよー 追ーてぃふーよー」。ばあさんはヒラウコー(線香)を私の頭にかざしながら私のわらびなー童名を繰り返し、その辺りでさまよ彷徨っているであろう魂を呼び戻したのです。お蔭で私は生気を取り戻し、お祝いに赤飯をいただきました。その赤飯の美味しかったこと、今でも忘れません。当時、我が家は極貧の水飲み百姓でイモが主食でしたから。 この思い出話を綴ったのは何も郷愁に浸るのが本旨ではありません。実は最近の普天間飛行場の辺野古移設を巡る国のやり方は、何処かのお友達の国に怯えて落馬したのではないかと思ったからです。晋三ぐわーが乗馬が趣味かどうかはわかりません。あるいは、よしたけ義偉小(ぐゎー)のミスショットのゴルフボールが後頭部に当たったかも。今朝、首里城内の御嶽で、わが琉球のチフジンガナシー(聞得大君)が晋三小(ぐゎー)に「まうぅいふみ・マブイグミ」をしている夢で目が覚めました。慰霊の日は阿部首相が平和の礎を訪れてマブイグミをした後に、「ワッサイビタン」と恒久平和を祈ることを願ってやみません。決してやなむん悪霊を込めないようゆたさるぐとぅ うにげーさびら。ちなみに今年は戦後70年、ワンネー「艦砲ぬ喰ぇーぬくさー」やいびーん。ウートート アートート。 2015年3月26日 那覇市文化協会うちなーぐち部会 事務局長 名嘉山秀信(69)

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指小辞「ぐゎー」にうちなーんちゅのちむぐくる

指小辞という言葉をご存知でしょうか。文法用語で名詞や形容詞に付き「小さい」「少し」といった意味を表すということを知りました。用法は愛情、愛着、親近感などのニュアンスを込めて使います。例:かまでーぐゎー、弟ぐゎー 可愛いぐゎー、猫ぐゎー、あいこー(蟻)ぐゎー・・・etc 過日、大阪の大学の先生からこの縮小辞の比較研究調査で沖縄語の指小辞(縮小語尾)について、ヒアリングを受けました。日常、何気なく使っている言葉ですが、用法の意味を知ると心が和みます。指小辞はまた上述とは逆に「軽蔑」の意味でも使用されます。例えば、わらばー(童)ぐゎー、ふらーぐゎー(馬鹿者)、「あたびち(蛙)ぐゎー、たんめー(爺さん)ぐゎー等々。しかしながら軽蔑の意味で使用されるものの沖縄語の指縮小辞には、「相手を切る捨てる残酷さはなく、包み込む優しさがある。柔らかさ、慈しみです」と部会講座でうちなーぐち部会の宮良信詳会長は解説してくれました。まくとぅ誠あんやいびーんやーさい。「うちなーんちゅのちむぐくる」が溢れているのです。 那覇市文化協会でうちなーぐち部会を立ち上げて4年。当初は「今更、うちなーぐちを習ってどうするのか、どこまで続くかね」などと揶揄されましたが、翁長県知事が那覇市長時代に始めた「ハイサイ ハイタイ」運動や「しまくとぅば大会」「うちなーぐち講座」、民間ボランティア活動県民大会などを通して、市民県民意識の高まりを実感しています。うちなーんちゅぬ魂・ちむぐくるを絶やさないよう、チバティいちゃびーん。

DSCN2209大手門・櫛引先生   DSC02208指小辞投稿記事

公民館祭りでうちなー芝居上演

首里2月8日、パレット市民劇場3月8日 うちなーぐち部会は、毎月1回の定例講座を首里公民館で開催していますが、公民館利用団体として2月8日に開催された公民館祭でうちなーぐちによる寸劇「平成ぬ浦島太郎」を上演し、大好評でした。 浦島太郎は、亀を助けたお礼に竜宮城に案内されました。お土産にもらって家に帰り玉手箱を開けたら、白い煙がでて爺さんになった。何十年という時が経過していたというストーリーです。この童話を部会員の玉那覇朝子さんが、現代風に脚色しました。 二人の漁師がとある海辺の砂浜にくると、網に絡まって動けない亀を発見。後から来た別の漁師は食べよう、と言うのですが心優しい二人は「生き物といっても家族がいるはずだ」と言って網を外し亀を助けました。亀は人間には「優しい人もいるんだねえ」と助けられたことを乙姫様に報告。乙姫様は直接お礼を言いたいとお土産を持って海岸にやって来ました。漁師が恐る恐る玉手箱を開けるとビックリ箱。煙はでたものの蚊取り線香。ダンベル、栄養ドリンクも入っており、ドリンクは長寿の効能があるという内容。公害問題と沖縄の男性の平均寿命が全国1位から転落したことがモチーフにした内容です。 この寸劇は、今月から来月末まで開催される那覇市文化協会の「あけもどろ総合文化祭」の一環として、3月8日(日)にパレット市民劇場でも上演します。

DSCN2252(1)浦島太郎 DSCN2248玉手箱

DSCN2234浦島太郎出演者集合

うちなーぐちの活動報告